第2.3節 情報取り扱いのフラット化
古来、情報は「分類」によって整理されてきた。分類は情報をグルーピングし、階層化され、ツリー構造をなす。例えば図書館の資料は日本十進分類法(Nippon Decimal Classification, NDC)にしたがって配架されるし、生物は「階級」によって界(kingdom)、門(phylum)、綱(class)、目(order)、科(family)、属(genus)、種(species)に分類される。また法律の条文も例えば民法は、編・章・節・款・目の5階層によって体系的に規定されている。いずれも樹形図状に広がっていくツリー構造だ。
すべての情報が明確に分類可能なら問題ない。しかし多くの情報は複数の要素や属性を兼ね備えるため、それを分類する場合、何か一つの属性に着目して分類したら他の属性は見失われてしまう。例えばピアノは一般的にオルガンと同じ鍵盤楽器に分類されるが、オルガンと異なり弦をハンマーで叩いて発音する点に着目すれば弦楽器でもあるし、打楽器ともいいうる。ツィンバロンのような打弦楽器に含めることも可能。多様な属性を有するものの「分類」には限界があるのだ。コウモリは獣と鳥との性質を兼ね備えているため、どちらに分類しても不十分であるし、同グループ内の他の構成員と性質を異にする。ツリー構造に収めるために「分類」を追求するとイソップ寓話に通ずる「コウモリ問題」に直面するのだ。
コンピュータでファイルを扱うときに「フォルダ」と呼ばれるツリー状のディレクトリ(directory)に収めるのもまさに「分類」である。最上位のルートディレクトリから「フォルダ」を作って下位の階層にツリーをたどり、適切と思われる階層の下にファイルを置く。「分類」思考によってフォルダの位置を定めファイルを保存するのだが、ファイルが増えるほど必要なファイルがどこにあるか行方不明が生じやすい。
そこで「検索」を使う。ファイル名を対象として検索する場合、ファイル名に工夫を凝らし、検索しやすいファイル名をつける努力が払われるようになった。しかし、コンピュータの性能が低かった時代にはファイル名だけを検索の対象として探す必要があったが、現在のコンピュータはストレジ内の全ファイル内部の情報全体を対象とする検索も短時間で済む。もしファイルの属性を示す目印(タグ)をいくつかつけておいてそれを検索するならさらに時間を要しない。
ファイルや情報を検索で探せるなら、もう基本的に分類は不要。すべての情報を網羅して1カ所に置き、見つけたい情報の各属性で検索すればたちどころに必要なファイルや情報が浮き上がる。情報を入れる時点で「分類」する方法から情報を取り出す際に「抽出」する方法へと移行したのだ。コンピュータの演算速度とネットワークの通信速度の高速化がもたらした質的転換である。著作権法12条が「編集著作物」について「編集物(データベースに該当するものを除く。以下同じ。)でその素材の選択又は配列によつて創作性を有するものは、著作物として保護する」と規定するのに対し12条の2が「データベースの著作物」につき「データベースでその情報の選択又は体系的な構成によつて創作性を有するものは、著作物として保護する」と規定し、「配列」ではなく「体系的な構成」を要件とする所以である。Macでは以前からこの方法が有効であったため、筆者は1990年代から検索による「抽出」を前提として情報を扱っている〈注16〉。
ツリーからフラットへ。情報の相互間に上下関係や優劣はないから、情報投入時に別の情報と紐づけてツリー構造の中でいずれかの階層に位置づけたりグルーピングするよりも、すべてを独立の情報として扱う方が適切だ。階層としてのフォルダではなく、すべての情報やファイルを一つの入れ物に入れ、フラットに記録する〈注17〉。個々の情報にはその属性をいくつでも記しておくことにより、情報を取り出す時には属性を指定して必要な情報を「抽出」すればよい。それが現代的な情報の扱い方なのだ。ビッグデータが価値を持つのも、同様の仕組みである。
そこでファイルやwebページといった情報の単位には、抽出時に目安となる属性を明らかにする「タグ」をつけておくことが望まれる。タグの付け方としては近年、属性を示す単語や文字列の前に「#」(hash mark)をつけることでその単語や文字列をタグとして用いる「ハッシュタグ」が普及した。TwitterやInstagramといったSNSでは日常的に用いられている。
Scrapboxも各ページ内にハッシュタグをつけることでページ内の情報の属性を記述する。また前述のsquare bracketsもハッシュタグと同様の機能を有する。「#」の付いたハッシュタグによって明示的にタグ付けすることもできるし、本文中の文言を[と]とで囲むことによってタグを埋め込むこともできる。この2種類のタグによってScrapboxは、各ページの属性をタグ付けするから、ツリー構造ではなくフラットに記録できるのだ。
Scrapboxではタグを書くと同時にそのタグがリンクになる。タグの文言をタイトルとするページにリンクされるのだ。さらにそのページには、そのタグが書かれたページがカード状にリストされる。これが「逆リンク」である。例えば「ピアノ」をタイトルとするページにピアノに関する情報を書く。そのページ内には「#鍵盤楽器」、「#打弦楽器」というハッシュタグをつけておく。そのハッシュタグ自体がクリッカブルなので、「#鍵盤楽器」をクリックすると「鍵盤楽器」をタイトルとするページに遷移する。その際、「鍵盤楽器」をタイトルとするページが存在していなければその時点で自動的に作成される。すると、「鍵盤楽器」をタイトルとするページの下部には「ピアノ」というカードが表示される。もし「オルガン」というタイトルのページにも「#鍵盤楽器」とタグ付けしていれば、「鍵盤楽器」ページの下部には「ピアノ」と「オルガン」というカードが自動的に並ぶ。
さらに「ピアノ」のページの下部にも「鍵盤楽器」という項目が現れて「オルガン」カードが表示される。「ピアノ」→「鍵盤楽器」→「オルガン」という2ホップ(2段階)先の情報まで、「ピアノ」のページに表示されるのだ。「ツィンバロン」に「#打弦楽器」をタグ付けしてあれば、同じことが起きる。「ツィンバロン」のページの下部に「打弦楽器」という項目が現れて「ピアノ」カードが表示されるのだ。「分類」方式が目的とする「グルーピング」がここに実現しているのである。
したがって、Scrapboxを利用する際、各ページの属性や特徴を表すタグをつけることが肝要である。いくつつけてもよいし、本文中の文言をsquare bracketsで囲んでもいい。うまくタグをつけることによってページ間が連結するメリットを享受できる。
「検索」による「抽出」に頼れない時代には、情報を保管する時点で「分類」によるグルーピングを必要とした。あとで探す際の手がかりになるからである。しかし、現代はコンピュータによって瞬時に情報の「抽出」ができる。すべての情報を1カ所に保管すればよく、適切なタグを複数つけておけば、タグの連鎖によって欲しい情報にたどり着ける。Scrapboxはそうしたフラットな情報取り扱いを実現する新しい宝箱なのである。
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16) 塩澤一洋「さがし物はMacにまかせて」月刊ASCII第26巻8号305頁(2002年7月)